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新試の傾向

なんだかどんどん「知識」でなく「論理」に焦点が移っているようで。
今年の問題自体はみてませんが、
平成20年の民事系、とくに民訴なんかはまさにそうですね。

論証貼り付けでクリアできる試験でないものにしようとすると
考え方が身についているかどうかを問う試験になるのでしょうね。

誰もが当然知っている知識、とりわけ制度趣旨をベースに、
そこから論理的に思考を展開できる力。

それを身に着けなさいということなんだろうなぁとなんとなく思う。
まぁ、そんなこと、優秀な指導者であれば誰もが口にしていることなんですが。
受験生は目先の都合と言うか、なんにしろ頭に論証入れなきゃ書けないじゃないか
ということで、暗記に走ってしまいがちですよね。

もちろん、暗記も必要なんですけど
なんでそんな論証になってるのか理解した上で、ということなんでしょう。
特に新試では。

でも、「論理」「考え方」が学び取れる本って少ないんですよね。
予備校本はダメだとよくいわれますけれど
基本書だって、論理や考え方が身につかないのはいっぱいありますよね。
芦部憲法なんか、あれだけ読んでても何も身につかないでしょう。
和之先生の本なら身に付きますが(和之先生の考え方が)。
そういう意味で、基本書選択も大事だと思います。

そういう基本書では行間を読めとかいいますが、
行間はいくらにらんでもただの白紙ですから。
書いてないものは書いてないわけで、そこから何か読み取るなんて無理無理。
勝手に読み取ったって誤読するのが落ちです。
学者だって、他の人の論文について、「~という趣旨だろうか」みたいな感じで
行間なんか読めないわけです。
分かったら超能力者でしょう。
今すぐ司法試験の勉強なんかやめて超能力者として生計を立てるべきです。
その方がよほど世のため人のためになれるでしょう。

で、基本書で身に付けられない分、演習書で身につける必要が出てくるんですよね。
だから、演習書には「考え方」がそこで説明されてないと困るわけです。
なのに、学者が書いた本でもそれがなってないアホな本がいっぱいありますよね。
民事法Ⅰ~Ⅲはそんなアホな解説になってることが結構あります。
それに対して、演習刑訴は良書。佐藤先生が書いてるものはちょっとアレだったりしますが。
事例研究行政法もだいたいはよい感じに解説されています。
LIVE民訴、LIVE憲法、LIVE貞友民法は良書ですね。


あと、それ以前の問題として、なぜその論点についての議論をするかということが分かっていることが
絶対的に必要ですよね。
これができないと論点おとしたり、全く聞かれてないこと書いちゃったりするみたいです。
で、優良な答案とは「過不足ない答案」なので
ダメ答案認定されるわけですね。
本番で、この議論をする必要がある、ない、の判断をするためには
日常学習で、ある議論が何のための議論なのか、なぜこんな問題が生じているのか
そこをしっかり意識手勉強しないと悲惨なことになるみたいです。

最近、とにかく論点っぽいから書いた、という態度で答案を作成している人がいたので
ちょっと気になったので、自戒の念もこめて、メモ。







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サマクラ

一応申し込んでみたのですが、
4大しか事務所を知らないので4大しか申し込んでません。
現実的には準大手にした方がよかったかなぁと思ったり。

で、先日一つの事務所から採用のお返事をいただきました。
スーツ、1着しか持ってないんですが、
さすがに夏に5日連続おなじスーツは無理ですよね…。

予習にかける時間

予定が全然消化できません。

うちのロースクールは結構カリキュラムが改変されて
3年生も司法試験の勉強に近いことができるようになっているのですが。
講義内容がハードなので、「自習」の時間が取れないんですよね。
講義が相当程度、司法試験にも接近しているので
それを頑張ればいいじゃないかという気もするのですが。

また、司法試験レベルを超過した講義も多々あるのですが
たとえば、せっかく四大の弁護士先生が講義をしてくれている以上
手は抜けないんですよね。

葉玉先生が以前講演にいらしたときには
「地を這うようなロー生の実力で理念を追うなんて無理。
とにかく試験勉強をしっかりやりなさい」
といっていたことが思い出されます。

んー。予習時間を減らそうかな…。

記憶定着ツール作り

記憶を定着するためには繰り返しが必要なわけですが
基本書それ自体は迅速な繰り返しには向かないと常々思っています。
まずもって、教科書の記述をそのまま答案に書くわけではなく
自分でモディファイして書くわけです。
だったら自分の言葉で表現しなおしたものを作って
それを何度も読めばいいじゃないかという話になります。
また、自分で論証にまとめる過程で頭を使い
自分の頭で論理を整理することになるので論証を作ることそれ自体が勉強になります。
丸写しをするとかいう馬鹿げた作業をしたら意味ないですが
自分でロジックを整理しつつ論証を作るとそれ自体が勉強になります。
また、自分の頭で練り直すという思考経験を経て作られたものなので
教科書の記述よりはるかに覚えやすいのです。

そして、それがいわゆる論証ブロックとかそういう名前のものになるわけですが
そこには無駄な記述がないですし
レジュメ式になることもあって、基本書よりも覚えこみやすい媒体になります。

ただ、①作るのにべらぼうな時間がかかるのと②それだけでは論点を覚えているだけで、その論点を問題から抽出できなくなる危険があるわけです。
①はともかく、後者は致命的です。問題の所在、なぜそのような法律上の論点があるのかということを理解しないでいると、問題から論点を抽出できないし、おそらくこの論点を書くのだろうということはわかっても、なぜその論点を書くのかを表現できないため採点者に理解不足、単なる論証丸暗記であるとあっさり見抜かれてしまい、評価が低くなります。
また、論点には論点同士のつながりがあります。論証ブロックをただ読み込むだけではこの論点同士のつながりの理解、知識が抜け落ちてしまい、法律構成力に難がでます。

このような欠点が考えられるので、問題はこれを解決できるかどうかです。
で、①については、葉玉式に、キーワードと矢印・接続詞だけにして文章にはしないという方法があります。簡単につくれます。
しかし、この手法は、アウトプットの訓練を大量に行う人だから上手くいくものではないかと思います。つまり、キーワードと接続詞という大枠だけから文章化する訓練を大量に行うことを前提としたときに初めて効果がでるのだと思います。
葉玉先生は1日1通書けとおっしゃりますし、この手法で好結果を納めた人はやはり毎日1通書いていた、というくらいアウトプット量が多いです。
そうなると、アウトプットの訓練に時間を取れない人は文章として作っておく必要があることになり
そうすると時間がかかるわけです。
でも、キーワードだけにして作る時間を減らし、できた時間でアウトプットの訓練をするというのもアリでしょう。
また、ゼロから作るのではなく、基本書に自分の論証を書き込むというのも手であるように思います。基本書に葉玉式で書き込んでおいて、それだけみて文章化が上手くできなかったら本文を読む、という感じで。

次に②については、なぜそのような論点が存在するのか、どのような事案においてこの論点が争点となるのか、他の論点とどのような関連があるのかも書き込んでおくことによって危険を回避できます。
これをきっちりやっておけば、書くべき論点を適切に抽出し、なぜ書かなければならないかを説明しながら書けます。
そして、この作業に当たっては、基本書の問題の所在や論点相互の関係についての論述についても書き込み、また問題演習によって問題の所在や論点相互の関係について新しく学び取れたら随時書き込むという作業を続けてゆくことが考えられます。

問題は、これをどこまで作りこむかですね。
前も書いたんですが、薄い一冊本をメインにしてそこに書いてない論点についてだけ別途作る
一冊本に書いてある論点についてはそこに書き込むという方針がよいかなと思案中です。

君が代のあれ

平成19年の重判にのってるアレです。

機会があって原文を読んだのですが、
憲法の学習上とても面白い判決ですね。
(君が代云々というのはおいておいて。)

多数意見は、そもそも原告の主張するところは思想良心の自由の保護範囲外
ないしは、思想良心の自由の介入行為ではないと捉えているようによめます。
補足意見でも、原告の主張するところは思想良心の自由の保護対象に「なりうる」
だとか、あいまいな論説になっていて、
結局、思想良心の自由の保護範囲に対する介入行為があったのかどうか
これを明らかにしてはいません。
介入行為があったのだとすれば、もうちょっとまともな正当化判断をするのが筋なように思えるので
介入行為はないと捉えているように読めます。
そして、権利侵害うんぬんを置いて、校長の職務命令が校長の裁量権行使として
不合理なものだったかどうかそれ自体を判断しているだけのように読めます。
(藤田裁判官反対意見では、多数意見を付随的制約と捉えており、そうすると、保護範囲に対する
制約自体はある、ということになるのでしょうが)

これに対して、藤田裁判官の反対意見では、思想良心の保護範囲の捉え方を多数意見と異にし
その結果、本件では保護範囲に対する介入行為、しかも直接的制約があるのだ、としています。
そして、そこから正当化の判断をしており、
そこでは、最終目的-中間目的という目的-手段の連鎖を踏まえた議論がなされています。
この藤田裁判官の意見はとっても勉強になりますね。
憲法の論証の方法の1例として模範答案なんじゃないかと思います。

GW

こんばんは。

世はGWですが、今年は何の予定もない私です。
切ないですが、1年後の人生最大級のイベントを考えるとしかたありません。

4月中に憲法と民訴を終える予定でいたのですが
結局、講義が始まってみると、刑訴のまとめノートや行政法のハードさで
憲法も民訴も終わらず終いでした。

趣味的に民法百選を読みすすめているので
それが6月以降に予定されていた民法の勉強の一貫としてみれば
憲法・民訴が遅れているのも悪くないかなと思えなくはありませんけど。

しかし、1月終わってみてそろそろ計画修正を図らなければならなくなってきました。
現状、講義で試験科目として

会社法
民法
刑訴法
行政法
民事執行・保全法
倒産法

を履修していているわけです。6科目ですね。
それに加えて講義で扱わない憲法・民訴を勉強すると
8科目同時進行になる訳です。

これはさすがに無理ではないかと思いました。
そこで、5月に憲法・民訴をまずは終えることにして
その後は1月に1科目に集中させることにしようと思います。
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