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評価について

某白表紙の本に、直感的にこうだと思えることが、なぜそう思えるのか、その理由をしっかり示すことが大事だ、といったような記述があります。これは事実認定についての記述なのですが、新司法試験における事実の評価にもあてはまるのではないかと思います。

直感的に、当然こうだ、と思ってしまうような事柄であると、そう思える理由については、自分にとってはあまりにも当然のことすぎて、書こうという意思が発現しないのかもしれません。刑事系の答案などで、事実⇒結論(あてはめ)となっている部分というのは、右のようなことが影響しているのではないかな、と思いました。答案を書いた人は、そのような事実があれば当然これにあてはまる、と直感的に思ったのだと思います。
 しかし、「評価」を書くことが要求されているので、評価を書かなければ点がもらえません。そして、「評価」というのは、どうやら、なぜそういえるのかという理由を説明する部分であるようです。そこで、自分がどうして直感的にこれに当たると思ったのか、その理由を分析する作業をする必要がでてきます。たとえば、殺意を持って刃渡り20cmの包丁で人の心臓を3回突き刺し、傷はそれぞれ深さが15cmある、というような事案であれば、みんな直感的に、これは殺人の実行行為だ、と思うと思います。しかし、なぜ直感的にそう思うのか、しっかり分析してみると、どうでしょうか。さすがに殺人罪の実行行為の評価あてはめを試験の答案できっちり書くことはないでしょうが、ここでは「評価」の例としてあげてみました。
 厳密に考えてみると、①包丁は硬い鋭利な刃物であり、人の肉体に深々と突き刺すことができる、②心臓は人の急所であり、心臓を傷つけられると人は死ぬ可能性が非常に高い、③心臓を、硬い鋭利な刃物で突き刺せば、心臓が大きく損傷する可能性が高い、④心臓が大きく損傷すれば、人は死ぬ可能性が非常に高い、といった辺りの経験則を使って、この行為が殺人罪の実行行為にあたる、と考えているのではないでしょうか。このような①ないし④の論理のつみあげを、普段直感的にやっているのだろうと思います。最近読んだ脳の本に、直感的な判断は、実は大脳新皮質でない脳のある部分が、それまでに蓄積された情報を元に瞬時に計算してはじき出しているのだそうです。そして、大脳新皮質でないため意識的に行われるものではないので、その計算過程は私たちは意識的に捉えることはできないとのことでした。直感というのも、根拠のないものではないようです。

 このような評価を日々できるだけ意識的におこなうトレーニングをするのが、地道な努力ではありますが、新司法試験の「評価」でも大事ですし、修習の事実認定でも大事なのではないかな、と最近感じています。

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