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人権論の名のもとに

蟻川先生の「人権論の名の下に」という論文を読みました。
蟻川先生というと、昨年ちょっと残念な事件があったことで有名だと思います。
「好みだった」
という残念な理由も印象的でした。

ただ、警察での取り調べを受けた人の言では
取り調べではなぜか動機を絶対に言わされるので
自分としてはとくに何かを考えてやったわけではないけれど
とにかく何か言わなければいけなかったとのことで
だからこそ
「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」
という訳の分からない動機がニュースで流れるのではないかとのことでした。

そうすると、蟻川先生も、とくに行動にでた理由はなかったのに
動機を言わねばらならないということで、こういうもの言いになったのかもしれませんねえ。
こんなことどうでもいいんですけど。。

本題に戻すと、私は、その事件のことくらいしか蟻川先生のことは知らなかったんです。
蟻川先生の文章を読むのはこれが初めてだったのですが
タイトルからして格調高いですよね。
これが文章そのもの、各項目のタイトルもそうなんですよ。
そして、この論文は、レペタ訴訟をメインに、博多駅事件判決などにもふれつつ
判例が使った「尊重」というワードに着目して、
判例の背景にある理解を探るものでした。
たった1語の「尊重」というワードから、かくも深遠な議論ができるものなのかと驚かされます。
蟻川先生の文章は難解なことが多いそうなんですが、
この「人権論の名の下に」は平易だと思います。

おそらく、取材の自由やメモの自由について
「保障」ではなく「尊重」とした意味はどこにあるのか、
保障とどう違うのか、については疑問を持たれている方が多いと思います。
そのような人はぜひ、一読してみてください。
所在は、法律時報69巻6号35頁以下です。

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